娘に生理がきたらお赤飯を炊いてお祝いするという、謎の習慣は、もうそんなもんたいしてめでたくもない昨今に、なぜ残っているのでしょうか?
生理が来たことをどうしても受け止められなくて、トイレットペーパーで何とかしていた小学校高学年の頃の日々を綴ったエッセイが、先日、「ランドリーボックス」というWebメディアで公開されました。
大人の体になる、女である、ということがなんとも恥ずかしく、受け入れられず、拗らせまくっていたわたし。
今まで友達にも家族にも、誰にも話したことがなかったので、果たしてこれを読んだ人は……とくに、同じ女性の体をもつ人たちはどう思うんだろうか?
もしかしたら、わたしと母が、通常の母娘の関係をうまく保てていなかったことが原因かもしれない。もしかしたら、わたしは心が完全に女性ではないのかもしれない。もしかしたら、小学5年生ですでになにかしらメンタルがおかしかったのかもしれない。もし、初潮がもう2、3年遅かったら、心構えも違って、すんなり受け入れられたのかもしれない。
なんてことをグルグル考えながら、書きました。
「トイレットペーパーで生理を過ごすなんてバカじゃないの?」と思われるのか、「わかる!わたしも大人になるのが嫌だった!」と思われるのか、正直、不安でもあり、知りたくもあります。
女性のみなさんは、どのように初潮を迎えられたのかな……。
読んでくださる方の中にも、これから生理を迎える方や、迎えた方がいるかもしれません。生理のこと、大人の体になること、自分の体や心の成長や、変化そのものに対する不安などを、もしかしたらこっそり抱えているかもしれません。
また、ご家族の方、周りの方も含めて、少しでも考えるきっかけになれたとしたら嬉しいなと思います。
体のことに限らず、常に何かしらに悩んでいて、いつも、もやもやしているわたし。
題して、「斉藤ナミの もやもやしてしょうがない!」という、非常に汎用性の高い、タイトルを掲げて、もやっていることをテーマにこれから連載させていただくこととなりました。
第一回となる今回は、「まるで職人技!? 生理をトイレットペーパーでやり過ごしていた日々」です。
https://laundrybox.jp/magazine/moyamoya01/
よかったら、お時間あるときに読んでみてください。
では、また。